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(もう少しいいシーンはあったと思うのですが、前の席の方が立たれたこともあってうまく撮れず)
■【レポ】11/30(日)第30回東京フィルメックス
特集上映 阪本順治
『この世の外へ クラブ進駐軍』Out of This World


有楽町朝日ホール 13:30-
登壇者:阪本順治監督、オダギリジョー(映画上映後Q&A)
司会者:市山尚三(映画プロデューサー)

私が一番好きな映画祭は東京フィルメックス。なぜかと言うと、俳優としてステージに立つオダギリを初めて観たのが、東京フィルメックスで初公開された『アカルイミライ』での舞台挨拶だったから。(ご本人は「トークライブ舌」などで既に拝見はしていましたが)
その時の記事がこちら↓ 懐かしい(T_T)
第3回東京フィルメックス:思考刺激型の作品、俳優との新たなコラボレーションで完成『アカルイミライ』(CINEMATOPICS)


↑この後、街を歩く黒沢清監督にバッタリお会いできたり、後日同じ『曖昧な未来』を観に来られていたセルジュ・ヴァシロフさんとお話できたり、別の年には阪本監督とも握手していただいたことがあったりで、本当に思い入れの深い映画祭だったのですが‥今回も感慨深い出来事に遭遇できました。
そして阪本監督のお話も感慨深かった。
ちょっと大変な時期でしたが、本当に行けてよかったなぁと思います^^

***********
(口語文のままとそうでない(要約した)ところがあります)

<どのようにしてこの企画を?>

阪本監督:当時、毎年8/15にあるクラブ進駐軍というコンサートを縁あって観に行った。皆さん実際に戦中に演奏をしていた人達。観に来ている人も同年代のおじいちゃん、おばあちゃんだが、休憩時間に売店で「コーク」と言っていた。あ、そういえばコカ・コーラを初めて飲んだのも、ジーンズを初めて履いたのもこの人達なんだな、と再発見した。
僕の年代で描くのは度胸がいるが、音楽で戦後を描くんだったらできるかなと。
あと、藤山寛美さんが「戦後の敗戦処理をしている時が一番平和だった」とおっしゃっていた。防空壕に入ることもなく逃げることもなく。前向きな人達、と頭に置いて僕なりにやらせていただいた。


市山さん:オダギリさん、これは何年ぶり?

オダギリ:かなり久しぶりです。

市山さん:変わってないようでやっぱり若いですね(笑)

オダギリ:若いですね‥!ちょっと恥ずかしかったですね。

市山さん:これは「アカルイミライ」の後?

オダギリ:後だとは思いますね。

<今日観ての感想は?>

オダギリ:約15年前なんですけど‥ま、昨日のこともあんまり覚えていないので、15年前になるとほぼゼロで‥初めて観た映画として観れましたね。ただ1か所だけ‥ジョーさんに「俺、ジャズ好きですよ」って言うところは、台詞を言う直前になんか、浮かびました!「ジャズ好き」って言いそうって。でもやっぱり他人がやっているものを観ているような感覚でした(笑)

市山さん:他人がやっているのを観た感覚としてはどうでした? 

オダギリ:はっはっは(笑) いや〜でも〜ほんとなんか〜よくできた映画だなと(笑)
当時バンドマンのメンバーで凄い稽古してたんですよ。結構みんな普通に演奏できていて、僕も中学くらいからドラムをやっていたので、逆にドラムに慣れてないように叩くというのが結構難しくて。途中で『こんな格好(と劇中の自分のマネ)』で叩いてて(笑) 監督に「ちょっとなんかやれ」って言われたんでしょうね(笑)

<配役について>

市山さん:ドラマーの役は自分でやりたいと監督に言った?

オダギリ:いや、最初からドラム(役)。。偶然叩けたんだと思います。

阪本監督:ドラムをやってたとは全く知らなかったですね。キャラクターで選んで。オダギリくんのイメージはああいうキャラクターかと(笑)
「アカルイミライ」でちょっとユーモラス、だけど何か背負っているものがあるという振り幅のある役をやってもらおうかなと。


市山さん:じゃあドラムができるのは後でわかった?

阪本監督:だからちくしょう!と思いましたよ。

市山さん:はははは

阪本監督:みんな初めてで吹き替えを使わないので、苦労するのを冷ややかに見ていようと思っていたのに、できますって言われて。

市山さん:他の方は初めて?

阪本監督:そうですよ〜上達したというのを見に行って、「まだまだだな!」とか言って帰った後、村上淳が楽譜を投げて怒ったらしい(笑)(会場笑い)やってみろよお前が!って(笑)

オダギリ:あの〜村上淳さんにピアノを指導してたのが、今、大橋トリオっていう有名なミュージシャンの方なんですよ。

この話は何年か前、大橋トリオさんがアルバムを発売した際、オダギリと栗原類さんが大橋トリオさんに扮して、ご本人と3人で「本物の大橋トリオを探せ」というキャンペーン(?)をしていた時にも出ていましたね〜^^

<海外の俳優さんについて>

やっぱりピーター・ミュランさん(マランが正確なようですが、皆さんミュランとおっしゃっていたので)のジム役が何ともいいなあと観ながら思っていたのですが、オダギリも『当時はステージの上と客席(の役)だったのであまり記憶がない。でも今日観ると素晴らしいですね!』と感心していました(笑)
その他、監督がピーターさんにオファーをした経緯やその素晴らしい経歴、そしてラッセル・リード役のシェー・ウィガムさんは「ジョーカー」にも出ているなどという話も!
この後はQ&Aのコーナーに。

<監督とオダギリさん、お互いどんな風に思っているか>

阪本監督:キューバで撮影した「エルネスト」で、撮影上手くいかない時には二人でキューバの熱い風に吹かれながら、ベランダでいろんな話をしてやり切った。やり切ってくれたってことで、僕にとって一番大切な俳優さんです。
ま、これ言ったら佐藤浩市、怒るかもしれないですけど
(会場笑い)僕にとって一番信頼できる俳優さんです。彼だったらやり切ってくれる‥そういう仕事、またやりたいと思います。

オダギリ:いやぁ〜ありがとうございます。そうですね、僕にとっては、役者として思うところと、ま、1作この間撮った経験から監督として(阪本)監督を見る思いが2つあるんですけど、共通して言えることは、非常に自分に厳しい方で、いつも気を引き締められるというか。
自分が去年監督をしていた時も、阪本監督のストイックさが脳裏から離れなくて‥甘いことをやっていたら怒られそうだし、だから自分も相当結果的に苦しむことになったんですけど‥
「クラブ進駐軍」「人類資金」「エルネスト」と監督の作品に携わらせてもらう度に、やっぱり映画というものは、これだけ身を削りながら真面目に誠意を持って向き合わないといけないんだなということを、毎回教えられますね。
それが自分の根本にありますし、会う度初心を思い出させてくれるような監督ですね。

阪本監督:でもこの(クラブ進駐軍の)撮影の頃ね、彼、酔っぱらうと僕のこと「順ちゃん」って言ってたんですよ。(会場笑い)順ちゃんまぁ飲んでよって。

<『ある船頭の話』について>

阪本監督:いや、もうあの〜観てすぐ彼にメールしましたけど、傑作です。
いわゆるデビュー作ってやっぱり自分の中にあるものを全部出さないと意味がない。で、僕は知らなかったオダギリ君の考えもあったし、そういう意味でもほんと傑作です。


<阪本監督→今後、またオダギリさんを使うとしたらどんな作品に?
オダギリ→監督を自分の作品に何かで引っ張り出したいなどあれば>


阪本監督:やっぱり「エルネスト」以上の何かしら‥いろんなものを共有しながら、一瞬たりとも隙を見せれないようなものでやりたいし、まあ、またどこかに行くんじゃないですかね(会場笑い)、困難な国に‥(笑)
僕はオダギリ君の監督作品に俳優で出るつもりはないです、あー助監督やったらやらせてもらいます。

オダギリ:いやぁ監督を‥俳優として‥ちょっと(笑)扱いにくいですよね(笑) あははは、えっと〜‥‥助っ監督(笑)も‥扱いにくい(笑)、あはははは!
(阪本監督に)美術とかもやってらっしゃいましたもんね?

阪本監督:美術助手でもいいですよ。

オダギリ:あはははは!(会場笑い)

阪本監督:やりづらいでしょ?

オダギリ:結局‥やりづらいですよね、監督がいると(笑)
監督、「ある船頭」の時、1日だけ現場に遊びに来てくれて、でも『俺がいると気ィ遣うだろうから』ってほんとに挨拶したかどうかくらいで帰ったんですけど、やっぱり監督も居づらいだろうから、ま、呼ばないのが一番でしょうね
。(アッサリ笑)

<最後に>

阪本監督:この映画の撮影の前の年にイラク戦争が始まった。エキストラの米兵の1/3以上は横田基地の米兵で、中にはイラクに派兵される前に『音楽が好きだから映画の撮影に行きたい』と1週間後にはイラクへ行くのに休暇をもらって来てくれた人もいた。
過去の話をやっているのに彼らには現実のこと。脚本とは別のところで迫ってくるものがあったということを言っておきたい。