遅くなりました
今回、もしかしたら質疑応答があるかもしれない回とのことだったので、助っ人で知り合いの女の子と一緒に行って記録を手伝ってもらったところ^^;本当に残せてよかったと思えるお話がたくさん聞けました。
オダギリはかなり一語一語ゆっくりと話してくれるシーンも多かったのですが、長い話は適当にまとめています^^;
初めての話もあったように思いますのでチェックしてみて下さいね^^


10/14(土)『エルネスト』舞台挨拶
有楽町スバル座
10:30の回上映後
登壇者:オダギリジョー、阪本順治監督
MC:伊藤さとり

<最初の挨拶>

阪本監督:今回ね、オダギリくんと一緒に舞台挨拶に立つの最後です。(オダギリに)‥‥さよならっ。(会場笑い。オダギリも笑っています)
広島国際映画祭で二人で賞をいただきに参りましたけれども、今日がほんとに最後です。
今日は皆さんのご質問をお受けしようかなと思います。いろんな感想を楽しみにしてます。

オダギリ:みなさん、おはようございます。オダギリです。
えーとー‥今日は‥え、リピーターの人がそんなにいなかったんですか。


お二人の登場前、MCの方から今日2回目以上の人と挙手を求められたのですが、とりあえず手を挙げた人は10人程だったそうで私もびっくり。
MCの方がもう一度「手を挙げていただいてもいいですか」と言われ‥

オダギリ:(見回して)意外と少ないですね〜
あぁの〜Q&Aなんで、リピーターの人だらけになるのかなと、ちょっと質問が怖くなりそうだなと思ったんですけど、ちょっと安心しました。
ま、折角のこういう場なので、どんどん訊きたいことに答えて行こうと思ってます。えーーよろしくお願いします。


MC:撮影に入る前、自分でどんな準備をしていましたか。

オダギリ:あぁあ〜でもそれ結構取材で答えましたけどね〜(会場笑い)
聞いたことだらけだと思いますけどね。
えぇ〜っと〜そうすね。一番時間かかったのは髪の毛だったんですね。1年半でしたね。1年半伸ばして。
で〜次に時間かかったのが〜やっぱスペイン語ですねぇ。それがまあ、結局トータルで考えると1年くらいかかったんだと思います。
え〜〜〜髭は〜3か月〜
(そののんびりと振り返っているような言い方に会場クスクス)
爪も3か月。爪3か月がやっぱり一番辛かった気がしますね。生活に支障がどんどんが出てくるので。。いろんなものが掴みにくくなったりとか‥なんかイライライライラしてきて‥あの〜女性の大変さがとてもよくわかりました。
あとは〜〜〜なぁんですかね、準備‥‥
ああ!まあまああぁの〜そうですね、身体作りも3か月くらいですかね。
あとは‥なぁんですかね?そんなとこですかね。‥あ!んーとねぇ。


阪本監督:‥居酒屋じゃないんだから!(笑)(会場笑い)

オダギリ:(笑)‥ま、そんなとこです、はい(笑)

MC:(会場に)スペイン語も素晴らしかったですよね。

オダギリ:(拍手に)ありがとうございまぁす。

MC:制作準備でどんなことを心掛けていましたか。

阪本監督:まず、フレディのご家族にご挨拶と映画化の許可をもらいに行って、お姉さんのマリーさんに会いました。
(フレディが好意を寄せていた)ルイサさんという人にはモデルがいまして、リディアさん。

→リディアさんは西アフリカの島で眼科の先生をされていたそうで、マリーさんはリディアさんに電話をした際、『フレディは「僕はひとりの方がいいと思う」、別の時には「必ず帰ってきて一緒になろう」と言っていた』と聞いたそうです。
マリーさんの「フレディは医者になって人を助けるつもりが、人を殺めるかもしれないという狭間で苦しんでいたと思う」という言葉を受けて、戦争の映画ではなく、学生時代を中心にしようと思ったとのこと。

阪本監督:それから年を越してオダギリくんに会いたいと言って、書いたあらすじを居酒屋で見せて、本来は「これを読んで気に入ったら出て」と言うものだけど、僕は「今答えをちょうだい」と言いました。(オダギリにやり)

阪本監督:(オダギリに)ね?(会場笑い)

オダギリ:(笑) そうすね、はい(笑)

阪本監督:それからは取材取材で。最後のおじいちゃん達はフレディと実際に学んだ方。
マリーさんは二度会った直後にお亡くなりになりました。本当は一番に出ていただきたかったんですけど。



<観客からの質問コーナー>

★チェ・ゲバラの魅力とは?

阪本監督:答えるのは難しいですが、権力にしがみつかなかった。キューバでのある程度の位置を蹴ってボリビアに渡った。そこが1つ。
あとは色気。目鼻立ちとうより強い意志を含んだ顔。キューバのスタッフに訊くと、革命が成功した後、どんな集会にもすごい数の人が集まって、女性がすごかったそう。
フィデルもカミーロもゲバラも男前。自分達のために戦ってくれ、その色気に惹かれた人がたくさんいたんです。


オダギリ:そうすね‥この映画で余計そういう考えになったんですけど、やっぱり‥あの時代の人たちは、命を賭けて、国のために戦ったっていうことを想像すると、1日1日の重みみたいなものが、僕が日々だらだらと過ごす1日とは全く違うんだろうなと。。その、1秒1分も無駄にしない生き方をしたいなという思いにさせられますね。


キューバでの撮影で大変だったことや今だから話せる裏話は?

阪本監督:まだ話したくないんですけどね‥
んー、ちょっと考えとくから先に。(とオダギリに振る)

後の流れからすると、時期的に公開間もない今、そこまでの話をすると映画を観る人を興ざめさせてしまわないかと思われていたような感じでいらしたのかな‥?

オダギリ:そうっすね〜〜んーとー、ほんとにいろんなことがあったんですけど、僕が一番やっぱり大きく感謝してるのは‥

→共演者の何人かにスペイン語や芝居や感情の表現の仕方の相談に乗ってもらった。
撮影に入る前の何週間か、1つ1つの台詞に向き合うような形で、「とんでもない!時間」(1日6時間くらいと言っていたような)やってもらってフレディ像を固めていった。
それを嫌な顔1つせず、楽しいからと言ってくれて。僕だったら(そういう相談は)すっごい面倒だと思うし、できれば2時間くらいで帰りたいくらい。
国民性と言えるのかもしれないですけど、見返りを求めない。「ご飯食べて帰りなよ」って言っても、大丈夫大丈夫と食べずに帰ったり。
朝、車が動かなくなった人に、帰りに「送って行くよ〜」と言っても、大丈夫、歩いて帰るからとか。
キューバの人の心の底からの優しさ、革命を成し遂げた強さと優しさみたいなところが感じられた。
‥とのこと。

オダギリ:僕からすると、あの共演者のみんなのお陰で、乗り越えられた‥と思ってます。ほんとに助かりましたね。
(オダギリに先に話を振った阪本監督に、こんなに長く話したんだから)‥もぉう(話すこと)あるでしょ(笑)(会場笑い)

阪本監督:なんか‥興ざめされるかなっていう。
1つだけ言うと、社会主義国ですからあらゆるものに申請、許可のハンコが必要。


→キューバ軍の全面協力が約束されていたのに、いざとなるとカストロ議長のハンコがいるとなって、撮影期間中に安倍首相がキューバに来たりもして、阪本順治の紙なんかどっか行っちゃったというのはあった。
キューバは他の国の映画界とは違って、軍関係のものは民間が持っていてはいけない。
わずかに集められたが、オダギリくんが着ているブルーのダンガリーの(軍)服は1着もない。これは(許可が?)下りないなと思い、現地で当時の民兵の服を手に入れさせて、日本の衣装さんに持って行って、そっくりなものを30着作って、6日後には現地に運んだ。
結局、キューバだと布地もなく、日本で作るとなると時間もなくなるため、<ある既製のもの>にいろいろな細工をしてそれ風にした。
‥のだそうです。

阪本監督:これ、内緒ですよ?いろんな細工をしたんですけど、内緒ですよ?

へえ〜!と思うキーワードを言って下さった後、

阪本監督:‥だめなのかな、言っちゃあ。(会場笑い)

‥なのでそのキーワードは書けないのですがそれだけ苦労してできた衣装だったそうです‥!

MC:そんなに大変だったんですね。

阪本監督:他にもたくさん作りました。服は日本で作りましたけど、キューバの人のマンパワー、物資がないから無いものは作るっていう日常の習慣。そのパワーを見せつけられましたね。


★広島のシーンで、有名なゲバラをインテリの記者が知らなかったように描かれているが、それは事実だったのか。

この質問をされた年配の男性は、この日「アウトレイジ」を観に来られたそうなのですが(笑)、以前観た「FOUJITA」のオダギリジョーが出ているゲバラの映画が上映されている!と知り、急遽映画館で「エルネスト」に変更されたという素晴らしい方(笑)
オダギリも『「アウトレイジ」をやめてこっちに来た』というお話には笑っていました(笑)

阪本監督:59年7月というのはキューバ革命後まだ半年なので、チェ・ゲバラのことなんて日本では誰も知らなかったんです。

・ロイター通信などに革命が成就したという記事は載ったが、大統領が国を出て逃げたというもので、出ているのもカストロの名前だけというのがキューバ革命の記事。だから、広島の記者クラブに集まった記者達も当然チェ・ゲバラのことは知らなかった。
・朝日新聞だけは東京でゲバラのことを書いていたが、見出しは『髭カストロ、来日』。
「髭カストロ」=チェ・ゲバラのこと。その程度だった。
・でも(永山絢斗さん演じる記者のモデルとなった)中国新聞の林記者だけが、元旦のニュースから注目していたらしく、一度会ってみたいということで‥

阪本監督:その林記者が残した取材メモをご家族に提供していただいて、そこから結構いただいているので、チェの台詞なんかはわりとリアリティがある言葉なんです。


★「自分の行動を人に訊くな、すべきことは自分で考えろ」という言葉があるが、お二人は自分の中でどう考えているか。

オダギリ:えっと〜〜‥お座り下さい^^
(質問者の男性に。会場に笑いが起こる感じの、ちょっと茶目っ気のあるタイミングでの優しい言い方でした)
えと、こういう‥舞台挨拶とか〜取材とかでもそうなんですけど、あの〜僕ほとんど何も事前に考えずに、こういう壇上に立っているので、その場しのぎの答えが非常に多くて‥それも‥意外と〜‥ハマる時はすごくいい時もあれば、ほぉんっと!にヤバい時もあって。。生放送とか出る時もかなり‥問題視されてるんですよ。(会場クスクス)余計なことをしゃべらないようにと。。
それがまあ‥‥僕の性格というか、あまりこう‥‥んーーー、考えすぎずに‥その場の‥感情や感覚でこう乗り越えていく‥タイプのような気がしますね。だから、やっぱり自分ですべての行動を、んー自分の感覚で、その場その場で判断して、決めていくタイプなのかなとは思うんですけど。。ただ非常に危険です。
(会場クスクス)

オダギリ:こういう‥‥、こういうタイプはよく失敗するし(笑)、ことあるごとによく叩かれます(笑)(会場笑い)
ま、でもあの〜〜なあんですかね‥‥まあ〜自分で自分をフォローするとすれば

ここからメモも記憶もうろ覚えなんですけど^^;多分、自分に嘘をついてまでうまくやりたいとは思わないし、「正直に臨んでいければ」と思うので、(その結果への)「責任は自分で取れる範囲で取ればいいかな」と思っている‥という感じのお話だったように思います。。

阪本監督:(オダギリの話で)質問が何かわからなくなった(笑)(会場笑い)

『日頃から自分から探すという行為があって、ある瞬間に自分の何かが決まるってことだと思う』というようなお話をされた後、

阪本監督:‥あれ?オダギリくんと反対言ってる?(笑)
次行きましょう(笑)


ここでマスコミのフォトセッション。
その後、20秒だけ観客の写真撮影の時間も。
DSCN2460 (2)DSCN2457 (2)







DSCN2459 (3)








<ご来場の皆様にメッセージ>


オダギリ:ええっと今日はありがとうございました。
あ〜〜あの〜〜皆さんの、1人1人の質問に答えるつもりで来たので、ま、とてもじゃないですけど時間が足りなかったのでちょっと‥また、こういう機会があれば、えー‥1人1人の質問に真摯に答えていきたいと思います。
(←顔が笑ってます)
‥なので僕がもし立候補した時には(   )したいと思います(笑)

(  )のところ、自分が笑ってしまってオダギリが何を言っていたのか聞き逃しました〜^^;

オダギリ:ま、そんなことはどうでもよくて(笑)、このぉ〜フフッ(笑)(横を向いて笑う)
あの〜(笑)この作品は、無事公開1週間を超えて、ゆっくりと成長していってますけど、やっぱり僕としても、40の時に撮った自分の集大成と思ってる作品です、今の時点でも。
今までの経験があってようやく乗り越えられた、今でなければ乗り越えられなかった作品だと思ってます。役者としてこういう役を超える役を見つけられるかが、これからの僕の1つの難題なのかなと‥。
ま、でも〜この役が演じられたことで、40歳までの俳優人生のピリオドを打つような気持ちにもなれてますし、‥ここで、ステージの中央にマイクを置いてもいいような、そういう気持ちです。


私を含め、お客さんはみんな聞き入っていたのか、ピリオドという言葉にドキッとしていたのか、このオダギリのオトボケには全く反応がなかったような‥(笑)

オダギリ:まあ、とにかく‥とっても素敵な作品ですし、皆さんもいろいろな感想をお持ちだと思うので、いろんな方にそれをシェアしていただいて、これからもこの作品がもっとたくさん観ていただければありがたいので、よろしくお願いします。

阪本監督:オダギリくんが年齢のことを言ったんで。。僕もこの間59歳になりまして、50の最後にこの作品にチャレンジできてよかったかなと思っています。
フレディのお母さまのローサさんは50代で亡くなられていますが、マリーさんのお話では、フレディが死んだという一報を受けても信じず、今もハバナ大学で授業を受けているはずと、反対を押し切ってキューバに行って現実を知りました。
その時、「あなたの息子さんは他者のために戦った名誉の死なんだから、悲しむことはない」と慰められたそうですが、ローサさんは感謝しながらも『あなた方に息子を失った私の気持ちがわかりますか』と心の中で叫んで、泣き崩れたらしいんです。
この映画を戦争映画だと思って来られる方もいると思いますが、そういう話を聞いて、誰かの息子や兄弟で、何者でもなかったフレディが、武器を持つに至るまでの大学生活をしっかり描かなきゃと思って作りました。
フレディが皆さんの心の中で生き続けていただければありがたいです。