(万一、読まれている最中に記事が消えた!?と思われていた方がいらしたらすみません。再アップです)
いろいろな情報が続き、すっかり遅くなってしまったのですが、以前、コメント欄の方で、「キネマ旬報2008年11月下旬号」の「日本魅録」に、香川さんの「悲夢」話が出ていますよとお知らせいただいていました。

オダギリが「悲夢」で訪韓したその直後に、香川さんが初めて韓国に行かれるというニュースを読み、オダギリが少し前まで韓国にいたことはご存知かなぁ、なんて思っていたのですが、わざわざ「悲夢」を観に走られていたんですね!
バックナンバー分となりますので、「悲夢」話題の部分だけ抜粋しておきます。


■「キネマ旬報 2008年11月下旬号」
キネマ旬報社
“日本魅録 136 /香川照之 /『TOKYO!→ソウル』” p.100〜101

『 という訳で翌日、早朝から始まった取材が終了したのは午後三時。喋りに喋った二日間の取材がやっと終了する。ところが私にはまだやることがある― 帰りの便までの間隙を縫って、ぜひとも観たい映画があるのだった。それこそは、その前週に韓国で封切られたばかりの、金基徳(キム・ギドク)監督十五作品目「悲夢」― オダギリジョーが主演した話題作だ。この作品は、韓国人と日本人が通訳を介さず互いに完全に母国語を喋るだけで進むスタイルを遵守しているという。第三国の人には同じに聞こえるであろう日本語と韓国語が、日本人と韓国人にだけは互いに違和感として残る。いや、わざとそう残したキム・ギドクの真意が、映画の構図自体の中にあるはずだと踏んでいた私の予感は、見事に的中した。
 映画は左右対称の見事な図式に整理され、陰と陽、裏と表、右と左、日本語と韓国語が功名にからみ付く、まさに男性的生理によって分割統制されたキム・ギドクらしい秀作だった。グロテスクなシーンも、その数学的統治の一環として観れば合点が行く。韓国語のセリフはわからないが、そこもオダギリジョーのセリフの裏返しだと類推すると俄然想像がつき、映画の構図にあっという間に呑み込まれていくことが出来た。これを例によって二週間足らずの間で撮影してしまったと聞くも、キム・ギドクの迷いない数式の展開にはそれで十分なはずだと妙に納得がいったことも付け加えておこう。
 』


「数学的統治の一環」‥って、さすが香川さん
忙しい合間を縫って、「悲夢」を観に行かれたなんてなんだか嬉しいですね。
「ゆれる」の集いの際には、そんな話も出たのかな。