◆「Invitation11月号」


Invitation2008年11月号
ぴあ


2008 /09秋冬ファッション特大号
<男よ、コートを纏え。>p.34〜97

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「北村さんの衣裳と感性は最高です。
日本映画界が絶対に失ってはいけない人だと思います」

2005年夏、
オダギリジョーはInvitationにそう強く語った。
あの瞬間から、衣裳デザイナー /スタイリスト北村道子を
もっともっと感じたくなった。

独創的な美意識、
身体を考慮し尽くした衣裳デザインやスタイリング、
なにごとも恐れることのないアヴァンギャルドな感性‥‥。

彼女が手がけるクリエイティヴの凄まじさを挙げると枚挙に暇が無い。
そのすべてが唯一無二だ。
そして2008年夏、われわれは運命に誘われるがごとく、
北村道子と企画をスタートさせた。
(p.34、35より引用)

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なんと、50ページ以上に渡る北村道子さん+コートの特集です。
もちろん、オダギリ特集(のようなもの)でもあります(笑)。
しかし‥。
昔からかなりお世話になってきたInvitationですが、「あの瞬間から」が2005年夏なんて遅すぎでは!とつい思ってしまいました^^;

CONTENTS‥白黒のコート姿の全身像1p大
p.34〜35‥上に記載のオダギリの言葉の紹介
「映像界を刺激する北村道子のWORK」 p.36〜39
p.37‥「アカルイミライ」の写真
p.39‥「衣裳術」より「メゾン・ド・ヒミコ」の衣裳を着たオダギリの写真が1点 /「トヨタist」のCM(ブルー)より写真1点

その他、特集のテキストや、北村さんについて語られるCMディレクター黒田秀樹さん、浅野忠信さん、黒沢清監督のお話の中にも、オダギリの名前、オダギリの出演作についての話題が出ています。
たとえば‥p.41の浅野忠信さん
「衣裳術」に掲載されているスーツ姿のオダギリについて、

(北村さん以外の)ほかの人では、あのオダギリくんは出せなかったと思います。ちょっと嫉妬するくらい、かっこよかったですねぇ」

ちなみに、“浅野さんが嫉妬するくらいかっこよかったと言われているスーツ姿のオダギリ”が掲載されている「衣裳術」とは、こちらの本です。


衣裳術

「Joe Odagri /Le Parc de VISCONTI」 p.48〜57
‥カラー+モノクロのグラビア全10p。もちろん、オダギリの衣裳のディレクションは北村道子さん。スタジオと公園ロケで撮影されたオダギリです。

「北村道子×オダギリジョー〜衣裳で交わす共犯的クリエイション」 p.58〜59
‥対談。その他、「北村×オダギリ主な競演作品」に関する写真が数点。

「北村道子―衣装と私が向かう場所」 p.60
‥オダギリのエピソードも。


対談のお二人は本当にステキです。その垣間見える信頼関係のようなものが。
そして多分、北村さんが表(?)で“オダギリジョー”についてこれだけ語ってくださった(のを私たちが見ることができた)のは初めてではないかなと‥(>_<)
あと、驚いたのは、「キリン・ザ・ゴールド」のCMも北村さんが手がけられていたんだということ。今回初めて知りました。
(反対に、ここには載っていないけれど、初期の頃の「ライフカード」は北村さんでしたね)



昔から、北村さんのインタビュー‥特に長い独り語りのような北村さんの言葉を読むと、なぜか胸が詰まって泣きたい気持ちになる私。いつもそう。なぜなんだろう。
「アカルイミライ」から変わらず同じパンツをはき続けていたオダギリ。
そしてそれを、当たり前のように自分の中に焼き付けていた北村さん。
以下、北村さんの言葉を抜粋。

「わたしはね、オダギリジョーっていうおもしろい存在があらわれたから、日本映画に道が開いたんだと思うの。それくらい彼の存在は大きい」(とオダギリ本人に向かって)

「わたし、なんで20年遅く生まれなかったんだろうって思うよ。
そうしたらものすごくいいクリエイティヴを一緒に作れたのに。
ただ、いまこうやって生きているのは、この出会いのためだったんだなって。わたしはそう理解しているのね」

ただ、カッコいいだけの人じゃなく、才能があるだけの人でもなく。
自分を試しながら磨きながら、苦しいことも乗り越えて、自分を貫いてきた人だから、言葉に信念が宿っているように感じられるのだと思える。
北村さんは昔から、あまり難しい言葉で自分の思いを語られない。
まるで湧き出た水が流れ出すかのように、心にある言葉をそのまま紡ぎ、語りかける人というイメージが私の中にある。
でも、一見穏やかそうに見える、その水の流れが持つあまりの力強さ、その言葉が持つあまりの意味の深さに、つい、圧倒され、飲み込まれてしまいそうになるから‥自分なりに受け止めようとすることすらも放棄して、大自然を前にした時のように参りましたという心境になって、その存在のどうしようもないカッコよさに感服するしかなくなる‥=泣きたくなる。そういうことなんだろうか、と思っている。


オダギリとの対談の次のページ、北村さんのエピローグ(メッセージ)もお忘れなく。
北村さんの中に刻まれている“オダギリと服”というカタチがよく伝わってくる、ステキなお話をされています。

こんな人と、俳優としての第一歩の時期に出逢えたオダギリ。
彼の運の強さを、改めて噛み締めています。