11/20「metro min.No.61」
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●表紙
“IXY広告” 表紙次ページ見開き2p
“metro min.5th special /オダギリジョーの仕事。” カラー3p p.7〜9
(正面のバストショット1点、見開きで1点)

『メトロミニッツ、創刊5周年を迎えました。ので、今月はちょっとスペシャル。』とのことで、5年前に映画初主演をしてから『躍進と変貌を繰り返し続ける』俳優オダギリジョーにインタビューを慣行、ということだそうです^^
X'masの電飾を巻いたオモチャの東京タワーを抱きかかえているオダギリの横顔が素敵(>_<)
俳優オダギリジョーにとってこの5年はどんな風に流れていったのか。
オダギリ自身が振り返っています。
(インタビューはオダギリのコメントを挟むようにして、ライターの方の感想が載せられていますが、ここでは私の感想を‥)

ちょうど『アカルイミライ』のときですね、5年前といえば。
すっごい、がんばったんじゃないですか、自分で言うのも何ですけど(笑)。
今、自分が役者として立っている状況っていうものは、あの当時に目標としていたところですし。
この5年の間、ただここに向かってやってきただけなんです、僕はずっと。


オダギリが「アカルミライ」の撮影に入ったのは約6年前の2002年。
確か、九州で行われたホテルでのトークショーで、自らファンに「もうすぐ撮影に入る」と知らせてくれてからスタートした話でした。
運を掴むというよりは、引き寄せる運がある人だなと感じ始めたのもこの頃から。
「仮面ライダークウガ」があったからバラエティの話があって、バラエティがあったからその後の「OLヴィジュアル系」や「アカルイミライ」の話があって。

当時、僕は連ドラをやったり、バラエティ番組に出たりもしてたんですけど、そのスタンスが自分でイヤだったんですよ。
共演した藤竜也さんにも相談して、『乗れるときは、乗ったほうがいい』みたいな意見もいただいたんですが、その頃はそれがなんかね‥。
利用されているだけのような気がして、そうすることに興味が持てなかったんです。

当時を知っている人は、オダギリの藤さん話を覚えていらっしゃる人も多いのでは。
多分、アドバイス通り実行しようとは思えていないんだろうな‥とは思ったけれど、やっぱりそうだったんだな〜と今更(笑)。

同じ監督と何度もっていうのは、現実問題、難しいんですよ。
声をかけてもらっても撮影まで至らなかったり、やるとしても、前作を超えるものにしたいですし。
そのなかで、三木さんとはうまく進められたんです。

そういうことも多いんだろうなぁ‥と漠然と思っていた「声をかけてもらっても撮影まで至らなかったり」にやっぱり!と妙に感激。
そして、「三木さんとはうまく進められた」にしみじみ感動。

分析みたいになっちゃうんですけど、三木さんのストーリーは、主役とそのまわりの変な人たちという骨組みがあるんです。
今回なら三浦さんが変な人で、それに文哉がだんだん影響されていくっていう。
そこで僕に求められるのはリアクションなんです。
そして三木さんのコメディは、あざとい笑いじゃないんで、リアリティがものすごく大切になる。
でも、リアリティを持ったりリアクションを心がけていると、似てくるんですよ、どうしても。素のリアクションを出すわけですからね。
しかも三木さんの台本は『えっ』『はぁ』『まぁ』とかのひと言芝居が多いんですよ。
『はぁ』の言い方って言っても、そんなに種類ないじゃないですか(笑)。
『イン・ザ・プール』『時効警察』とあって、『転々』もやるうえで、キャラがかぶんないようにというのは、最初に思ったことですね。
リアリティを追求するだけじゃなく、役のフィルターをちゃんと通さないと、同じ芝居になっちゃうなと。

えっ、変なのは三浦さんなんだ〜(笑)
周りに更に変な人がいるから?本人の意志とはほとんど関係なく、おかしな運命に巻きこまれていく変な髪型の大学生が傍にいるから?^^;
私には三浦さんが一番マトモな大人に映っていました(笑)。

<「転々」には『愛すべき(東京の)町の顔がいくつも登場します。ちなみに井の頭公園は、上京した頃、オダギリさんがよく散歩したところだとか。では、東京のどんなところが好きですか?>という質問には、

まずは人の距離感ですね。
大阪にもちょっと住んでたんですけど、大阪は人情深くて、人との距離がすごい近い。
それは嬉しくもあり、仲良くもなれるけど、ほっといてほしいときも出てくるじゃないですか(笑)。
それが東京だと、さらっとした距離感が保たれる。そこが僕には身に合いますね。
あと東京の良さは文化。何でも欲すれば手にできる。
例えば、僕が生まれ育った岡山の町では、単館系の映画なんて全然来なかったし、誰かの絵が鑑賞できるわけでもなかったんですが、東京では絶えることがないですよね。

私も大阪と関西圏、そして東京にも住んだことのある人間ですが(笑)、私の場合、関西は仮の住まいというわけではなかったので、そこまでは感じなかったかな‥(笑)
大阪で1年間、バイトをしながら留学までの準備をしていた頃のオダギリに、世話を焼こうとする人がたくさんいたのかな^^

僕が自分に驚きたいんです。『こういうものが作れたんだ』と。
だから、自分が思う領域を次から次へと超えて行きたいんでしょうね。
でも、欲はないんですよ。『ハリウッド映画に出たい』とか思えないですし。
僕はただ、やりたい作品を、自分のやりたい芝居の方向で、いいと思える作品にできればいい。
単純に言えば、それだけなんです。

自分は欲がないと言い続けているオダギリですが、私の中のオダギリは‥やっぱり昔から誰よりも貪欲。
いわゆる出世や名誉、成功、金銭的なものには興味は無くても、誰よりも『自分のしたいこと』だけを見つめ、そこに向かおうとしていた人。
どこかに留まってギラギラと手を伸ばすのではなく、流されながら変化しながら必要ないものはサラリと受け流しながら(笑)、常に自分の目標に流れ着いていた人。
でも流れは止まることなく、淀むことなく。
そんな5年だったなぁと思います。