CINE21 /オダギリジョー 孤独な旅人の涙 
『オダギリジョーの東京タワー /韓国を訪れたオダギリジョー』 

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cine21.com(オダギリジョー)

〜お母さん役を演じられた樹木希林さんとの呼吸がなにより大事だったと思いますが。

樹木さんは日本で大女優なんです。代わりが出来る人はいないというくらいの存在感で。
かなり厳しい方で、それが作品にいい刺激を与えていたと思いますね。
個性がとても強くて‥僕が実の母を重ねることなく演じられたのは、樹木さんの個性の強さがあったから。そういう意味で精神的にとても楽でしたね。

〜若い頃のオカン役で、樹木さんの実の娘でもある内田也哉子さんが出演されていますが、演じながら2人が親子であることを感じたことはありましたか?

内田さんと僕はワンシーンしか共演していないので‥なんていうか、彼女は樹木さんと持っているものが全く違う人なんですよ。
内田さんは今まで演技をしたことがない人ですし、樹木さんはずっと演技してきた人だし。
でもお母さんの才能は受け継いでいるという感じはしましたね。
とても素晴らしい感性を持った女性というか‥うーん、羨ましいですねぇ、あんな面白いお母さんから生まれてきたってことが。

〜映画は全体として、回想シーンの構造と時間が交差するような編集になっていますが、ある意味、既に結末を予告しているという感じも大きいですね。
ただ、実際に映画の中で重要なのは、物語の結末より、主人公の感情や母親に対する態度だったように思いますが、演技をしながら個人的に胸に響いたシーン、感情表現などはありましたか?

えー?個人的に?ん〜〜‥‥全部僕が演じているんで‥‥どんなシーンでも全部僕ですし、別にこれといったものはなかったと思いますけど。

〜映画はあなたのナレーションで進んでいきます。ナレーションは撮影後2日間の収録だったと聞きました。
かなり低い声ですが‥あんなに長い時間、自分の声を聞いていると特別な感じがするのではないですか。

別に特別な感じというのはなかったですけど(笑)。でも、録音作業が重要だとは思っていましたね。
映画で僕が出ていない時間もあるじゃないですか、幼い頃は僕が演じたわけじゃないし、僕が出ていたのは後半だけだったし。
それらを繋ぐのがナレーションなんで、そういう意味で一番気になっていたとは思いますけど。
でも多分、そのために声をどうこうとは別に考えていなかったですね。
とにかくナレーションをやろうっていうのが大きかったですから。

〜ナレーションの中で「ぐるぐる」という言葉が繰り返し出てきます。
この言葉は響きが耳に残って、言葉自体が東京タワーの周りをさまよわざるを得ない人々に対する、映画の視線のようにも思えます。

あの言葉は何か乗れる感じがあるというか、意識して言っているからじゃなく、リズムとして残るものがありますね。
ナレーション録りの時、監督は「ぐるぐる」をそのままの感じでスッとやってくれと仰ったんですけど、それが2度3度出てくるので、より効果的なところもあったんでしょうね。
僕は「ぐるぐる」の意味よりは、語感からくる効果をもっと狙っていたような気がします。

〜俳優オダギリジョーという一貫した流れから見れば、「ぐるぐる」という言葉は、あなたが今まで演じてきたキャラクターを説明するキーワードにも思えました。
どこかをさまよって、迷いながら旅をしてきたあなたが、今は母親の懐に抱かれたといいますか。
この映画について「最終的ゴール」だと言われていたインタビューを見ましたが、どのようにお考えですか。

僕は母とずっと2人暮らしだったので、母と息子の関係を表現するのは一番楽なことなんですよ。
僕が知っているのはそれしかないですし、表現者としての僕に一番強みがあるのもその部分で。
だからいつかは母と息子の話はやらなきゃとは思っていましたね。
そういう意味で「最終的ゴール」と言ったんですけど。
ただ、この映画のオファーが来た時は、それがもう来てしまったのかという気持ちがあって‥。
僕はもう少し後のことだと思っていたので、ちょっと早過ぎるなぁと思って。だから断ったんですよ。
撮影は1年半前だったんですけど、当時はこの話が自分のゴールだと思っていましたね。あの時の僕に出来ることを全部表現したので。
でも、この作品が特別な目標だとは思わないですね。
今までに出演した作品全部が僕にとっては目標でしたし。

〜2003年の「バナナの皮」、2005年の「fairy in method」、今年は「帰ってきた時効警察」の8話をご自分で演出されましたね。
演技する時と違って、演出家としてあなたが表現したいこととは何ですか?

僕は元々映画が好きだったんです。映画から新しい何かが見えるということが好きだったので。
監督の個性で映画を見始めたのは大人になってからですね。
この監督がこういう撮り方をしているからいい映画になっているんだな、とか。
僕は映画から新しいものを発見したいという気持ちが一番大きいので、脚本を書くのが一番楽しいんです。
脚本を映像にする監督の仕事というのはまだよくわからないんですけど‥。
どうすればこの本よりもっと面白く撮れるのかとか、まだわからないですね。
だから今僕が短編を作るのは脚本を書きたいからなんですよね。

〜あなたをブレイクさせた「仮面ライダークウガ」について、『事務所にさせられたので仕方なく』とよく言われていますが、いわゆる大衆との距離をどう思っていますか。
また、2006年には「white」と「black」という2枚のアルバムを発売されましたが、「white」はメロディーラインが比較的ハッキリした曲が中心で、「black」はエレクトリックサウンドが強い音楽でした。
この試みも大衆との距離というものへの悩みが反映されているように見えましたが‥

「大衆」との距離というのはいつも悩んでいる問題ですね。
でも僕には多くの人に合わせたものは表現できないんですよ。それはしょうがないことなんで‥僕が大衆的ではないから。
もちろん僕がやりたいことだけをし続けたいという気持ちも大きいですよ。
特に音楽はそうですけど、僕は音楽に関してはビジネスとして考えていないんです。
さっき言われた「white」と「black」も、大衆的なものとインディーズ的なものを分けて発売したわけではないんです。
敢えて言うと、「white」には普段作っていた音楽をそのまま入れて、「black」には出演作の挿入曲を入れて、一種のサウンドトラックのような形にしてみたんですよ。
音楽では大衆的なものを作るつもりはないですね。あのアルバムは日本でも全然売れなかったですし(笑)。でも別に気にはしてませんね。
もちろんミュージシャンの方々には、役者である僕が音楽にまで手を出すのかと喧嘩を買いやすくなるかもしれないですし、儲けるためにやっているんじゃないかと思っているかもしれないですけど。
でも、僕の音楽はそういうスタンスのものじゃないんですよ。もちろん役者に関しては生活がかかっているから違いますけど。
できれば、自分の本質的な部分を貫いてインディー作品に出たいとは思っていますけど、生活のためにはCFやメジャー作品にだって出ますし。
それはやるしかないと思うところはありますね。
ただ、その両方のバランスは常に考えている問題ではありますね。


(以上、直訳していただいたものをAKIがオダギリをイメージして直したものです。インタビューで語ったそのままの言葉ではありません)