CINE21 626号(韓国雑誌)


先日紹介しました↑この雑誌の記事のインタビュー部分を、わざわざyuriiiさんが日本語訳してお知らせくださいました〜(>_<)

でも私だけ拝見するのはあまりに勿体ないので、教えていただいた内容を、私の方で更に『オダギリをイメージした言葉』で変換・少々意訳したものを^^;紹介させていただこうかと思います。

記事の前半は、オダギリの簡単な経歴のほか、過去の作品紹介、「オダギリジョーの東京タワー (=東京タワー オカンとボクと、時々、オトン)」についての記事です。(そこは省略)

以下、太字はインタビュアーの方の言葉。それ以外はオダギリの言葉です。
記事の内容は、韓国のオダギリ関連雑誌にしてみればかなり充実した内容だそうです^^(雑誌にはもっとグラビアが掲載されています)
(↓リンク先はネットで見られる元の記事です)




CINE21 /オダギリジョー 孤独な旅人の涙 
『オダギリジョーの東京タワー /韓国に訪れたオダギリジョー』

〜未だに「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の原作を読んでいないと伺いましたが、映画出演のキッカケはなんだったんでしょうか。

いろいろな要素がありましたね。何て言うか‥んー‥逃げられなかったというか、これは引き受けなくてはならない作品という気がしたんですよね。

〜「逃げられなかった」というのはどういう感じでしょうか。

何か‥いろいろな偶然が重なる時ってあるじゃないですか。
んー‥‥簡単に言えば、この映画を自分がやらなくてはならないというサインのようなものが感じられる時とか。
きっと苦しくなるだろうけどやらなくてはならない‥最終的に僕がこれを引き受けるしかないんだ、みたいな。

〜実際にお母さまとお2人だったそうですが、母と子の物語という設定については、個人的な意味合いは大きかったですか。

そうですね、なんか自分の実生活と似た部分が多かったですし。
でもそういうことを仕事を通して表現するのはあまりいいことではないような気がして。
台本を読むだけで自分が苦しくなるのは目に見えていましたし、なんか大変だなぁと。だから最初はずっとオファーを断っていましたね。

〜先ほど偶然と言われましたが、具体的に言うと?

(笑) 細かく書くんですねぇ^^;(笑)
なんていうか‥たとえば演出が松岡監督というのも偶然なんですよ。
ま、それは僕から見ての偶然なんですけど(笑)、監督は母の友人で。
もし別の監督だったら断っていたかもしれないですね。
あとはなんだろう‥(暫く考えて)その偶然だけで十分じゃないですかね。

〜では、仕事として表現するのは控えたいと思っていたことを、この作品でしようと決められた理由はなんだったんですか。

要するに親子の話っていうことでしょうかね。雅也という役を演じながら、自分が普段母に言えなかったことを表現できたとは思いますね。
すごく好きであっても、親にはそういう気持ちをうまく表すことってなかなかできないじゃないですか。大切に思っているということも伝えられないですし。
もちろん、こういうことを仕事を通して伝えるというのも、やっぱりとても不器用なやり方だとは思いますけど‥こんな方法もあるんだなぁと思いましたね。

〜お母さんも映画は観られましたか。

観ました。映画を観てお互いどんな話をしたかはよく覚えてないですけど、とても喜んでくれましたね。

〜雅也はお父さんのことをどういう風に受け入れていたのでしょう。たまに現れてほとんど家庭を捨てているも同然な人ですが、息子には大いに影響も与えてもいますね。

ほとんど他人みたいなもんじゃないですかね。それか先輩みたいな感じで。
僕は父がいないのでよくわからないですけど、普通に人が“お父さん”というものに期待するような感情を彼(雅也の父親)は全く持っていない‥よくわからない人だけど軽い話ならできるというくらいの、そんな感じの人だったんじゃないですか。

〜お母さんと2人暮しでいらっしゃったなら、自然と一人っきりの時間が増えますね。
あるインタビュ一記事では、映画館に預けられていたとおっしゃっていましたが、どんな子供時代を過ごされたのでしょうか。


韓国の離婚率がどれくらいなのか知らないですけど、今の日本はかなり離婚率が高くて、それは僕が子供の時代もそうだったんですよ。
クラスに2、3人は親が離婚した子がいましたね。
僕もそうでしたけど、離婚した家庭は普通の幸せな家庭とは形が違うじゃないですか。
でも違えば違うなりに幸せだったし、面白く育てられたと思いますね。
この映画に出てくる家庭も、一般的に幸せな家庭というよりは、僕の実生活の方に近いものがあるんで‥多分、普通に本を読まれた方より、僕がこの物語から感じたものの方が多かったんじゃないかなとは思いますね。

〜1人の時間はどう過ごしていましたか。

兄弟がいるわけでもないので、いつも1人でしたね。
何をしていたかは覚えていないですけど、1人でいる時間が圧倒的に多くはあったので。
だから多分、僕はこんな仕事をしてるんじゃないかと思いますねぇ。

(△愨海)