下の記事にも書きましたが、6日付朝日新聞に西川美和監督と「ゆれる」についての特集記事が掲載されていました。
また、記事のラストは、これが西川監督の中にある作品のラストのイメージなのかな‥と取れなくもない、ライターの方の印象的な文章で締めくくられていました。
見られない方も多いようですので、紹介してみますね。


1/6「朝日新聞(東京版)」
朝日新聞社
“in to 東京 /―違和感がつむぐ物語〜from 広島 脚本自作の監督 西川美和” 1/4p p.31

珍しく髪をまとめ、可愛いというより“美人系”の監督のカラー写真が1枚。
いきなり冒頭、

『―東京ね。思うほどじゃねぇよ。疲れるばっかりだぜ。所詮田舎者には水が合わないんだ。
 西川にとって2作目のオリジナル脚本・監督映画「ゆれる」。
家出同然に田舎を飛び出してから10年余、東京でカメラマンとして成功した猛(オダギリジョー)に、こう語らせる。』

‥と、猛のセリフから。
そして、監督自身もどこか東京の水が合わないと感じていること。
「要領よく都会の生活を渡り歩く弟」と、「地方の実家を守るきまじめだが面白みにかける兄」‥そのどちらもが、西川監督の内面から現れたキャラクターだということ。
原作のある映画では、自分の作品だという実感が持てないということからオリジナルの物語にこだわり、執筆中は広島の実家に帰って『古い農家の一室を閉め切って、机にかじりついて書く』こと。
映画というものの可能性を知ったのは、中三の夏、北野武監督の「その男、凶暴につき」を見て、『得体のしれない暴力と得体のしれない感情』にショックを受けてからだったこと‥‥などが紹介されています。
また、一瞬意外で、その後やっぱり監督らしいなぁと感心したのが「はとバス」添乗員バイトの話。
今よりもっと時間の余裕のあった頃は、脚本の参考にしようと観光バス「はとバス」の添乗員のバイトをしたこともあるそうです。
今では「監督」と呼ばれ、頭を下げられるようになったけれど、『自分の目で、現実の社会をきっちり見据えたい』からまたあんなバイトがしたい。そう仰っています。

『―立派だよ、兄ちゃんは。俺には出来ない。俺は、逃げてばっかりの人生だ。
 物語の中盤。地元に残した兄の堅実な人生が狂い始めたことを心配する猛が、言った。
兄の返事は冷酷だった。おまえが逃げて来たのは、「つまらない人生から、だろ」と。』(一応ここだけ反転しておきます^^;)
やっぱり凄い、西川監督の脚本って。

上に書いた監督の『作品のラストのイメージ(らしきライターの方の文章)』については、知りたくない人もいらっしゃるかもしれないので、こちらのコメント欄の方に掲載しておきますね。

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