いきなりですが、私は子供の頃から自分に対してかなり正直モノでした;
なので、小学校低学年の頃、初めて“読書感想文”なるものを書かされた時には暫く苦しみました。
やっと書いたものは、人から見ればどうやら“あらすじ”というだけのものらしいとわかったり。
人から与えられた本を読んで、自分の中から何を搾り出せというのか?
自分の感じたことを手探りで探しながら、1つ1つ「面白かった」「悲しかった」といった決まりきった言葉に当てはめていく‥それは私にとって自分の気持ちに嘘をついているのと同じくらい苦痛な作業で、その頃はその価値が全くわかりませんでした。
8、9才くらいの頃の苦悩でした^^;

結構本は読む方だったので(少なくとも今より数倍、数十倍は;)、素晴らしい本にはたくさん出会いましたが、『人に訴えかけるものを書く』ということとは結びつけられないまま、毎年別に書きたくて書いたワケではないモノを、夏が来る度書き続けていました。(夏休みの宿題で、課題図書なんていうのもありましたっけ)
ところが中学生になって、ちょうど読み終えたばかりの本についてふと書いてみたい気がし、それまでで一番サラッと感じたままを形に出来た感想文を、その夏の課題として学校に提出しました。
すると、その最も力まずに書いた読書感想文が、学校、市を通過して、結局府(当時大阪府民でした)で賞を取ったのでした。
分からないものだな〜と自分でも思いましたが、その時の作品が、「兎の目」「ろくべえまってろよ」などで有名な、元教師で児童文学者の灰谷健次郎さんが書かれた「太陽の子」でした。

それから暫くして、近くの美術館に灰谷さんがサイン会に来られるという催しがあり、今でも大の児童文学好き、そして当時灰谷さんの作品の大ファンだった母に引っ張って行かれました。見ると、母の手にはその時もらった賞状の入った筒が‥
正直なところ、自分の作品に対して子供が勝手に感想を書き、それで賞をもらっていたところでその人は嬉しいものなのか? ‥それ以前に、感想というものに優劣などつけてどういう意味があるのか?等々、あれこれ疑問を抱いていた私はとにかく身の縮むような思いをしていたのですが、子供の憂鬱などお構いなしに、「そうですか!」と灰谷さんはにこやかに話を聞いて、母が差し出した賞状の余白に、味のある独特の文字で「おめでとうございます 灰谷健次郎」と書いて下さったのでした。
そんなことをお願いするのは本当は嫌だったけど。
そのあったかい文字はやっぱり嬉しくもありました。

昨夜、その灰谷健次郎さんが病気で亡くなられたと知りました。
灰谷さんが書かれた作品のことを思い出し、感想文を書いたことを思い出し、サインを頂いたことを思い出し。
考えてみれば、その後の私は転校したこともあって、読書感想文らしきものを書いたことは1度もなかったかもしれず、もしかしたらその次に書いたものがオダギリ関連の感想だったのかな‥‥とも
でも今は正直に思ったことしか書いてないな。苦労の末の駄文であっても。
そう思ったらちょっと幸せで、悩んでいた小さい頃の自分がちょっと可哀相になってしまいました^^;


辛い話だけれど、灰谷さんなら雲の上で、今増えている自ら命を絶とうとする子供たちを、怒鳴って追い返してくれるかもしれない。
本気でそう思えています。
灰谷健次郎さんのご冥福をお祈り致します。